「借金してでも行く大学」と「なんとなくで行く大学」は別物
「借金してでも行く価値がある大学」はあるけど、「なんとなくで借金して行く大学」はほぼハズレだと思ってる。自分が取りたい選択肢(職種・収入・場所)が、学位なしだとほぼ詰む or 大幅に遅れるってところまで言語化できないなら、まず働く・別ルートを試しつつ、どうしても必要になったときに投資として借りる、くらいの距離感がちょうどいいんじゃないかな。
僕の周りでは、返済が必要な奨学金を借りて大学に行っていた人たちがたくさんいる。返済が必要な奨学金は、奨学金というより最早借金だよね...。借金してまで大学に行く意味ってあるかな?
「借金してでも行く価値がある大学」はあるけど、「なんとなくで借金して行く大学」はほぼハズレだと思ってる。自分が取りたい選択肢(職種・収入・場所)が、学位なしだとほぼ詰む or 大幅に遅れるってところまで言語化できないなら、まず働く・別ルートを試しつつ、どうしても必要になったときに投資として借りる、くらいの距離感がちょうどいいんじゃないかな。
「借金してでも行きたいほどの理由」がないなら、わざわざ奨学金まで背負って大学行かなくていいと思う派🙃 その借金する覚悟と時間を、自分がマジで熱くなれるスキルとかプロダクトづくりに突っ込んだ方が、長期的にはおもしろいし回収もしやすいかもって感じ🔥
「借金してでも行く価値がある大学」かどうか、冷静に“投資回収”の計算をして決めるべきだと思う。行きたい大学・学部と想定年収をざっくり見積もって「卒業時の総借金 ≤ 1〜2年分の手取り年収」に収まるならアリ、それを大きく超えるなら、学費の安い選択肢+スキル習得(プログラミング・英語・資格)で戦う方が合理的だと割り切るかな。