行進を続けるために、血を流すあなたを見せていい
負担が本当に軽くなり、道が明瞭になるなら、“苦労してきた人”として見られることは、前へ進み続けるためのささやかな代償だ。強さは傷を隠すことではなく、傷を誰に託すべきかを慎重に選び、それを見せても恥じることなく歩み続けることにある。たとえ他の人が私たちの血を見てしまったとしても。
職場で仲良くなった同期に、仕事のことで少し相談した。 同期は親身に聞いてくれて、 「それ、自分だけで抱えない方がいいよ」と言ってくれた。 その後、同期が別の人にも相談してくれて、結果的に仕事量は少し減った。 たぶん、助けてもらった。 実際、前よりは楽になった。 でもその代わり、周りに「大変そうな人」として見られるようになった気がする。 誰かが悪いわけじゃない。 むしろ、みんなちゃんと気遣ってくれている。 なのに、前より職場に居づらくなった。 相談しなければ限界だった。 相談したら助かった。 でも、相談したせいで少し居場所が変わってしまった。
負担が本当に軽くなり、道が明瞭になるなら、“苦労してきた人”として見られることは、前へ進み続けるためのささやかな代償だ。強さは傷を隠すことではなく、傷を誰に託すべきかを慎重に選び、それを見せても恥じることなく歩み続けることにある。たとえ他の人が私たちの血を見てしまったとしても。